【第二幕 青木亭川口店】
<第一章>
青木亭川口店は、開業当時草加店から数えて4店舗目の店舗である。平成13年6月、草加店に次ぎ2店舗目の直営店として「鳴り物入りで」オープンした。
オープンからさかのぼること半年前、川口市東領家に新店舗の構想が持ち上がった時、スタッフ間では過去の店舗の使い勝手等を参考に、綿密な打ち合わせが連日繰り広げられていた。
創業者である清水は草加店開業当時から、スタッフとお客様との間での現金のやり取りを違和感を感じながら、どうすべきか考えていた。青木亭の店構えはオープンキッチンである。調理スタッフが直接お客様からオーダーを受け、調理をし、出来上がった料理を手渡しでお客様にお出しする。食事後、お客様から代金を頂戴する。青木亭スタッフには食材以外の物に触れた時は、必ず手洗いをするよう指導してきた。代金のやりとりの際、手洗いは毎回実施するものの、不衛生感は否めなかった。お客様にきめの細かな接客と美味しいラーメンで、居心地の良い空間を提供する「有意義時間提供業」を基本コンセプトに掲げる青木亭としては、現金のやり取りは、無いほうがいい。ただ、当時世に出回っていた券売機を導入するには設置スペースが決定的に足りなかった。
券売機探しに奔走し始めてからしばらくたった頃、たまたま偶然に世界初のデジタル券売機の営業が入った。券売機メーカーとしては後発のアインテックの券売機である。今でこそ、発券機はカラフルな液晶のデジタル機が主流だが、当時はアインテックが開発した券売機しかデジタル機は存在しなかった。この券売機はカウンターに乗せられるほど小さい。しかも小さいながらも、集計機能や電話回線でのデータ収集機能も備わっている優れものだった。発券の仕方は、一種独特のものだったが、テンキーから数字で入力するタイプのため設定できるメニューの数も100種類までと多く、検討材料としては優位な特徴だった。清水は、彼のイメージに限りなく近いこの券売機の導入を即決した。彼の未来を見据える目を持ってする英断だった。まず、近々オープン予定の川口店に1台目を導入し、その後は既存店に導入をしながら、新規予定店舗へも導入していくことに決定した。
第二幕 青木亭川口店
<第二章>
鈴木康修の元々の生業は運送業である。精力的に活動していたのだが、ふと将来のことを考えた時、手に職を持ちたいと思い、一念発起して草加の「とあるラーメン店」に就職した。そこで基本的な技術は習得したのだが、将来ラーメン店店主としての独立を考えていた鈴木は、店と自分のラーメンスープの味の好みが決定的に違うことに悩んでいた。せっかくやるのだから自分の好みにあった味で勝負したいと思い、別のラーメン店への転職を考え始めていた。
以前から鈴木は、青木亭の存在は知っていて好きなラーメン店の一つだった。鈴木が転職を考え始めた頃、青木亭のスタッフ募集の広告が目にとまった。「ここだ、ここしかない」。早速、面接を受け青木亭への採用が決まった。
清水は、創業当初から使用する食材や調理過程の一つ一つにこだわりを持っていた。寸胴の中で麺を泳がせ、平アミで一食ごとに取り分ける「平面あおりあげ」は彼が最もこだわっている技術の一つである。うどんテボ等で一食毎にゆでる方法と比べると、はるかに効率が悪い。「平面あおりあげ」を習得するためには、長い修行時間も必要となる。平面アミを使う麺あげの方法は、営業効率から考えても採用しているラーメン店は少なかった。しかし、平面あおりあげは、麺に均一に火が通る、どんぶりに麺をオムレツ状に入れることが出来るので、空気に触れる麺の表面積が少なくなり冷めにくい等、料理の品質を考えたときのメリットは沢山存在した。清水は躊躇なく作業の効率化を捨て、商品の品質を取った。創業当時から連綿と続くこだわりは、将来「麺あげ職人集団・青木亭」と銘打てるまでになる、おおもとの考え方だったのだ。
晴れて青木亭に入社した鈴木にとって「平面あおりあげ」は、やったこともない初めての技術だった。ただ、鈴木は持ち前のガッツで、誰よりも早くこの技術をマスターしてやろう!と心に誓った。彼が青木亭に入った初日の夜から、特訓の日々が始まった。
研修を既存店で営業終了までやった後、麺あげ用の寸胴1個と麺アミ1本を店舗から借り、麺を自腹で買って家に帰る。営業で疲れ果てた体に鞭打って、寸胴に水を張り、麺を入れ、それを平アミで1玉ずつ取り分ける練習を繰り返し行った。研修時に教わった実際の麺のあげかたを思い出しながら、手首の返し方、麺のあおり方、湯切りの仕方等順番をおって体が覚えるまで、自分自身に叩き込んでいった。
朝から夜まで実店舗で研修、夜中は家で特訓の日々が続き、腱鞘炎を患いながらも順調に鈴木の実力が向上していくのを、清水はほほえましく注視していた。川口店オープンが間近に迫り、新店の店長の人事をどうするか考えていた矢先の事だった。
その時、清水は考えた。「鈴木は入ったばかりだが、成長は目を見張るものがある。夜の特訓も続いていると聞いている。威勢の良い声の出し方も良い。人当たりも評判がいいようだ。新しい店舗での新しい店長の人選だ。新しい顧客を開拓し顧客の囲い込みが出来るキャラクターが必要だ。鈴木の可能性に掛けてみよう」と。
清水は早速、鈴木を本社に呼んで、川口店の店長就任の話しを切り出した。鈴木は最初、清水会長から、直接呼出しが入ることなど滅多に無いことだったので、良い話なのか、悪い話なのか、見当もつかず戸惑いながら会長の話を聞いていた。川口店店長の話が出た時、驚きを持って聞き入った。鈴木は思った。「こんな新参者の自分を店長に取り立ててくれるなんて。会長の期待にこたえられるよう頑張って行こう」。鈴木は、心の中で「やってやるぞ!」とひとこえ叫んだ。